そらそーじょ!

第129号 2007/2/9 エリート募集/日本国

皆さんは「エリート」と聞くとどんなイメージを連想しますか。
エリート社員とかエリート官僚とかエリートコースなんて言葉を思い出しますよね。最近読んだ本に、とっても興味深いことが書いてありました。「エリートとは、地位や状態をいう言葉ではなく人そのものの在り方を言う言葉だ。」ということです。もっとわかりやすい例で説明すると、エリート教育で有名なイギリスのケンブリッジ大学の教授に「エリート教育とは?」と質問すると「自分以外の『こと』または『もの』のために死ねる人を育てる。」という答えが返ってきたそうです。
死と書くと幾分大げさな響きですが、生命をもいとわないということももちろんでしょうが、自分以外の「こと」や「もの」のために死に値するほどのものを投打つ覚悟があるということでしょう。ゆえに大衆はエリートに全幅の信頼を置き、エリートは大衆を導き時に命を賭して責任を全うする。その気概においてこその地位や名誉や報酬であるならば、一般ピープルから文句の出ようはずがありません。
平等社会も良いでしょうが、これだけモラルや秩序がグダグダになっている原因は、日本にエリートがいなくなっちゃったからじゃないでしょうかね。個人主義ここに極まれりですなあ。
そう言えば名前忘れちゃったけどヤンキー先生って呼ばれてる人いるでしょ?あの人って私、エリートの気概を感じるんですけど。なんだか四面楚歌な顔してますけど、きっと背負ってるものがとっても大きいんだと思います。どうか利用されないで頑張って下さいね。

(弓庭規生)

(2007年2月9日発行ツーカイネットスクラム第129号 掲載)

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