そらそーじょ!

第125号 2006/12/8 人間の記憶装置

もう12月でござる。ここ数年、月日の経つ速さが本当に容赦ないのを感じています。きっと、子供の頃のように要所要所にうまくクサビを打込んでいないため、あるいは歳をとるにつれてクサビを打つほどの感動や激情が少なくなってしまったために、立ち止まって考えるということをしなくなっているからでしょう。
子供の頃の1年の間には様々なイベントがあって、楽しいこと悲しいことなど心が揺すられる出来事があると、そこに立ち止まってクサビを打込んでその感情を記憶する事ができました。そのクサビは何年経ってもそこに突き刺さっていて、そのクサビのところまで行くとまるで昨日の出来事のように脳裏に蘇ります。私の場合は風景や音や色はもちろん匂いや味さえ記憶に残っていることがあります。
振り替えると時系列で一直線に並んでいるはずなのに、何十年前のクサビでもここ最近のクサビでも、「タイトル」さえわかればイモのように根こそぎ引っ張り出せます。きっと一つ一つ個別で整理されてるんじゃなくて、ちょうどハードディスクからデータを引出すように、例えば普段は素粒子のようにバラバラな記憶の粒がクサビの「タイトル」をピックアップされるとそこに集まって記憶のかたまりになるようなシステムなのかなあ。
話は反れたし字数も少ないけれど、そのクサビの数が最近1年に2〜3本しか無いわけです。正月・お盆・秋祭りみたいな(笑)。ハードディスクもあんまり放っておくとクラッシュしちゃいます。この辺で一度過去のクサビの整理でもしてみましょうかね。

(弓庭規生)

(2006年12月8日発行ツーカイネットスクラム第125号 掲載)

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