そらそーじょ!

第69号 2004/8/6 ある天才の死

中島らもさんが死にました。お酒を飲んで階段から落ちて頭を強く打ったそうです。ビックリはしましたが、なぜかそんなに悲しくはありませんでした。それは彼のことを天才だと知っていたからです。
天才は物事の極限を、凡人よりも知っています。なぜなら彼らは物事のエッジ(一番端っこ、あるいは先端)を歩き続けているからです。それは物理的なエッジという意味ではなく、精神的・知識的エッジということです。なので彼らは必然的に足を踏み外す可能性を多く持っていると言えます。僕は、らもさんもそのエッジ伝いに歩いていることを知っていたので多分覚悟ができていたんだと思います。亡くなった翌日に、らもさんの娘と旦那に電話を入れました。らもさんの奥さんも、そして彼らも気丈にがんばっていたので少し安心しましたが、家族もきっと何がしかの覚悟を平常から持ち合わせていたんだろうと思います。
天才と凡人の違いは、物事の理解力、あるいは考察の深度にあると僕は常日ごろから思っています。凡人が及ばないはるか彼方の思考のエッジに立ち尽くす彼らは、そこに行くことが不可能な者たちにとってはマトリックスのネロなわけです。らもさんが救世主だったかどうかはともかくとして、この時代の天才の一人であったことは揺るぎの無い事実で、今回の彼の死は、この時代を共に生きる僕たちにとっても大きな損失であるわけです。らもさんの生前の指示通り、お葬式もお墓もありません。遺骨は散骨するそうです。なのでお悔やみをと思う人は、空や山や海や川や自分の好きな場所で冥福を祈ってあげて下さい。

(弓庭規生)

(2004年8月6日発行ツーカイネットスクラム第69号 掲載)

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