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第55号 2004/1/1 申年はマルセ太郎だったのに
読者の皆さま、新年明けましておめでとうございます。旧年中はたわいもない私の雑文をご愛読頂きまして心から感謝いたしております。本年もこのコラム、相変わることなく駄文で埋め尽くされることになりましょうけれども、どうかひとつよろしくお願いいたします。
さて今年は申年でございます。実は私申年というと、ある一人の喜劇役者、というよりもエンターティナを思い出さずにはいられません。彼の名は『マルセ太郎』。ご存知の方もいるでしょうが、彼の猿の形態模写はもう模写というより猿そのものであったのです。そして、その芸風が故に十二年に一度申年にテレビに出まくっていたのです。文章を過去形で書いているのは今から四年前の一月に、公演先の岡山で亡くなったからです。そして、多くの方はご存じ無いと思いますが、彼はその猿の形態模写だけでなく、自伝的哲学的舞台を作・演出・主演して多くのファンを持つまさに孤高の怪優であったのです。亡くなる六年も前から肝臓ガンを患い、余命幾ばくもないことを知りながら、舞台と講演(主に人生哲学)、そして執筆活動を続けたのでありました。晩年は、舞台上でたった一人で何役も演じながら、一本の映画を丸々語ってしまうという『スクリーンの無い映画館』という新しい試みに取り組んでいました。天才というにはあまりに自分に厳しい努力の人で、それ故にコアなファンは何十年と彼を追いかけ続けたのです。
申年ということで、ふと思い出した私の大好きだった一人の怪優をご紹介しました。
(弓庭規生)
(2004年1月1日発行ツーカイネットスクラム第55号 掲載)
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