そらそーじょ!

第48号 2003/9/26 秋の夜長に…

あちこちで稲刈りが行われています。本格的に秋の到来です。そう言えば子供の頃は、大きなサガリ(稲を干すために組んだ丸太の骨組み)を父と一緒に組み立てたのを憶えています。コンバインなど勿論無いころで、刈り取った稲は穂を付けたままこのサガリにかけて乾かしていたのです。その頃は、田植えも稲刈りも親戚のおばちゃんや近所の人達がみんな集まって行われていました。田んぼの畦でお昼ご飯に食べた柿の葉寿司も、おばあちゃんが剥いてくれた梨や柿の果肉も少し泥の味がして、でもそれがとっても美味しかったのを思い出します。
残念ながらその頃の記憶の中のしわくちゃの笑顔は、みんな天国へ行ってしまいました。そりゃそうですね。私自身がもう四十二回目の秋を迎えているんですから。代わりに、記憶の中ではまだ若かった父と母の顔が少ししわくちゃになってきました。
もしも自分が持っている数えきれない記憶の中のワンシーンにだけ訪れる事が許されて、その頃の自分にその後の人生のヒントを与えることができるとしたら、あなたはどの記憶の自分に逢いに行きますか?
秋の夜長、そんな少しSFチックな空想に浸りながら自分を見つめ直すのもまた一興です。明日からも続く現実の時の流れの中で、私達は一喜一憂しながら生きてゆくのです。喜怒哀楽を乗り越えながら生きてゆくのです。そしてそれが生きるということの正体なのです。先日もらった鈴虫の鳴き声が、どうやら私をエセ哲学者に変えたようです(笑)。

(弓庭規生)

(2003年9月26日発行ツーカイネットスクラム第48号 掲載)

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